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プレマシー旅日記

17 山梨の旅 (2006/12/16〜2006/12/18)

1日目

山梨県に行ってきました。このへんからだとなかなか行きにくい場所でもあるだけに、改めて山梨県をじっくりと堪能しようというのは珍しいことなのかも。山梨への道も富山から神岡、安房トンネルを通って松本に出て、あとは国道20号線をひたすらまっすぐ。八王子や横浜など関東西部へはこれが最短距離だけど、安房峠を越えた上高地からしばらくは道があまりよくない。ライトアップされた巨岩が見えると思っていたら、崩落の危険性があるために常時監視中らしいし。

まず最初は山梨県立リニア見学センターへ。当初予定されていた、1週間後だったら走行試験も見られたらしい。目の前を疾走するリニアモーターカーを、ナマで見られたと思うと実に惜しい。展示はかなりこぢんまりとしており、走っているところを見せるための施設という色合いが強い気がする。せめて走行映像を見たいところだったが、「調整中」の張り紙が。まぁ、また来るだろうから、ちょっと心残りがあった方がいいのさっと力づくで納得させる。かなりの倍率になるらしいが、実は試乗会にも参加してみたかったりする。

続いて吉田のうどんへ。富士吉田市にはかなりの数のうどん屋がひしめき合っているらしい。うどん屋を目指して国道139号線を走るうちに、みるみる巨大化して視界に飛び込んでくる富士山。あまりのすごさに、神的なものを感じるのも無理はないと感心する。到着したのは市民会館の中にある「むす遊」。麺にものすごくコシがある。いつも食べているようなうどんは、いったい何だったんだろうかと思うほどのもちもち感。「あぁ〜、これがうどんのアルデンテってやつかぁ〜」と、つぶやいてしまう。事実うどんの中心部にやや硬いところがあり、それがまたよい歯ごたえ。

恵林時 この日のラストは恵林寺。「心頭滅却すれば火もまた涼し」の寺と記憶していたが、武田信玄の菩提寺でもあるらしい。まぁ信玄の墓の話はあちこちにあるというのが実態で、諏訪湖に沈んでいるという話もあるくらいなので、話半分くらいにしておく。武田氏を滅ぼしたあと織田信長によって焼かれたのだが、その後徳川家康によって再興されたとか。徳川家康に関しては、結構この手の話が多いような気がする。敗れ去ったとはいえ、武田軍団や甲斐の地に一目置く気持ちがあったのではないかと思う。隣接する宝物館までしっかり堪能。風林火山の旗に感動し、武田二十四将と言っても複数の組み合わせが存在することを知る。当然、風林火山の旗の複製(?)はお買い上げ。現代の騎馬、クルマにつけようと思っていたのだが、その妄想を知ったさとの視線はものすごく冷たかった。

山県館 この日の宿泊は、武田二十四将の一人にあげられる山県昌景の末裔が温泉を守っているという山県館。武田信玄に温泉を守るように命じられたといういきさつから、さとは山県昌景を身分の低い立場と考えたようだが、これを今でいう陸軍病院の院長あたりと解釈するとやはりなかなかのものなのだろう。事実1572年からの武田信玄上洛戦では、5000人の別働隊を率いて三河に侵攻、徳川家康をさんざんにびびらせたとも言われる。また戦死者多数の長篠合戦において討ち取られたが、織田側の史料では戦死者リストの筆頭にあげられている。馬場信春と並ぶ筆頭クラスの家臣だったらしい。

ごはん ここはすべてのお風呂が源泉掛け流し。確かに湯船からはたくさんのお湯があふれ出ていた。食事前には河原近くにある信玄公岩風呂につかる。女性専用の時間帯もあるが、基本的には混浴。ちょうど食事が始まる時間帯だったこともあり、事実上の貸し切り状態で過ごす。食事もうまく、温泉の湯を使ったしゃぶしゃぶは特にうまかった。

2日目

山県館は21時に内湯の男女が入れ替わる。ちょっと早起きして、昨夜は女湯だったところにも入ってみた。さとは気がつかなかったらしいが、ここには2つの露天風呂があった。もうひとつの内湯には、露天風呂が1つしかない。

朝食を食べてチェックアウト。珍しく宿代を多くかけたところ。あんまりこうした高い宿には泊まらないので、せっかくだからと玄関前で写真を撮ってもらう。

甲斐善光寺 国道140号線を走り甲府市内へ。まずは甲斐善光寺。川中島の合戦に際し長野の善光寺が焼失することをおそれた武田信玄が、1558年に移転させたものだそうだ。つまり本家は別にあり、こっちはでっち上げられた方(爆)。案内パンフも、長野の善光寺のものが置かれていたりする。しかし建物は長野に負けないほどの立派さで、でっち上げられた側なりの意地は感じる。ただこれは火災により、1796年に再建されたものらしい。建物のより高い位置に武田家の家紋である武田菱が輝き、その下に当時直轄領として統治した徳川家の家紋、葵の御紋がつけられている。

 中に入り日本最大級という鳴き龍の音を聞く。さらに奥が宝物館で、そこから長野の善光寺と同様お戒壇廻りができるという。本家長野のお戒壇廻りをしたことがないくせに、甲斐善光寺で挑戦してみる。真っ暗な闇の中で「心」の文字状になっている通路を手探りで進み、壁に付けられた錠前を触ってくることで、本尊と縁を結ぶことができるのだとか。一説には真っ暗闇の通路を通って戻ってくることは、誕生の瞬間を追体験することにも通じ、生まれ変わることができるともいわれている。しかし信仰心がたりないのか1回で錠前に触ることができず、いつの間にか出てきてしまった。2回目で触ることはできたが、1回目の方が生まれ変わったような感触があったような気もする。なお出てきた正面に、笑う閻魔大王の像が置いてあるというセンスが、さとのツボにはまった模様。

続いて武田神社へ。「城は人 城は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり」と詠んだ武田信玄は、甲斐国内に城を造らなかったと言われる。城を造らなかった武田信玄が政務の中心としたのが、今は武田神社になっている躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)だった。館という響きからは戦国武将らしからぬ防御の手薄さを感じていたが、実際にはかなり守りが固められていたとも言われる。実際に周辺を歩いて、堀が巡らされていることに感動する。武田信玄は十分の勝ちでは慢心が生じるから、五分の勝ちくらいがちょうどいいという内容のことを言っていたと伝えられる。しかし五分の勝ちを積み重ね続けることそろそろ10年。そろそろわたしは十分の勝ちが欲しいんです。信玄公、どうかよろしくお願いします。そんなことを念じながら参拝し、武田神社の勝運御守を購入。携帯ストラップにもなりそうで、赤い武田菱がかっこいい。

大市館 きょうの宿泊は、甲府から1時間ほど南西へ走った下部温泉。その中でも昭和初期の面影を残すという、木造3階建ての建物が自慢の大市館に泊まることにした。駅前を通り、両側に宿や土産物屋が密集する狭い道を登って到着。なかなかいい雰囲気を放っている。ここの温泉は30度ほどしかなく冷たいが、30分ほど浸かっていれば体が内側から温まって来るという。まさに洞窟のような雰囲気で、夜はランプの明かりだけが頼りという幻想的な雰囲気。しかし12月に30度のお湯は厳しい。なかなか暖まらない。隣にある42度に加熱した湯船に入ってしまうと、今さら30度には戻れないし。料理や部屋の雰囲気も含めてさと絶賛だったので、次は夏に来たいと思った。

3日目

朝っぱらから30度の岩盤風呂、続いて無料の貸し切り露天風呂を制覇し、大市館でもすべてのお風呂に入った。そして朝からご飯をおかわり。売店をのんびり見たり、宿の前で写真を撮ったりするうちに10時。朝食も8時以降と比較的遅く、ゆっくりめのチェックアウトができるのがうれしい。

まずは下部温泉街の入り口付近に位置する甲斐黄金村 湯之奥金山博物館へ。武田信玄が開発した金山らしいのだが、展示もなかなか今風でわかりやすい。また過去には佐渡金山を見ているだけに、江戸時代の佐渡と戦国時代の湯之奥、技術水準や採掘工程の違いもわかって興味深いものがあった。佐渡では排水にまで金が含まれてないかを精査していた。しかも佐渡の場合、鉱夫のわらじを供給して古いものを回収し、古いわらじの裏に付着した金で稼いだ業者がいたというんだから恐れ入る。どうも時代が古いからか、技術水準上限界があったからなのか、湯之奥ではそこまではやっていない。映像で見せる工夫がなされており、正直言って客数の割にはお金がかかっている。ところが月曜日の午前中だったためか、他の入館者にはお目にかかれず、うちら2人だけのはず。いい施設だと思うが将来が心配だったりする。

ここで続いて砂金採りを体験。水の中の砂利から比重の違いを利用して金の粒を取り出すというものだが、どうしても作業の性質上腰が曲がってくる。腰の悪い身には30分間の制限時間が拷問のように応えてくる。初めてでも10粒くらいは取れると聞いて、7〜8粒見つけたからと満足したわたしは、時間制限一杯がんばることをやめてしまった。10粒くらい取れないとかわいそうという不文律があるのか、博物館のスタッフがその後がんばってくれて、最終的には10粒以上取ることができた。

次は国道52号線を南下して身延山久遠寺へ。日蓮が晩年を過ごした寺らしいのだが、寺院建築としてのそれには特に見るべきものはない感じ。しかし日蓮宗総本山として多くの人々の信仰を集める寺だけあって、門前の土産物屋などのにぎわいは見るべきものがあった感じがした。ただ今では交通の主流もクルマになってしまい、参道の店を冷やかしながら参拝へと向かう光景は減っているのだろう。

富士山 久遠寺に行ってみたいと思ったのは、ロープウェーの割引券がきっかけだった。大市館で手に入れていたのだが、そこに描かれたロープウェーをバックに輝く富士山の写真がすばらしかったので行ってみたいと思ったのだ。全国でも6番目の高低差を誇るとかいうロープウェーはみるみる山を登り、やがて山の向こうから富士山が姿を現した。この日も天候に恵まれ、富士山が輝いて見えた。反対側の身延山山頂からは、遠くに甲府盆地や南アルプスを望むことができた。

その後は道の駅を巡りながら国道20号線まで戻った。道の駅しもべではきっぷが売られていたらしいのだが、今では販売をやめてしまったことを知った。道の駅きっぷは一種の委託販売だと思っていただけに、やめてしまうということがあることにショックを受ける。その後は道の駅蔦木宿でさと待望のほうとうを食べ、諏訪から松本までは中央道を利用。途中諏訪湖サービスエリアのハイウェイ温泉に浸かる。かなり小さい風呂だが景色はよく、高速道路上で風呂に入れることを考えると貴重な存在だろう。旅行中の寒気襲来でうっすらと雪が積もった奥飛騨を超えて、富山からは北陸道を走る。行きにくい感じがするが、結局行きも帰りも所要7時間ほど。行ってみると意外と山梨は近い。2007年は風林火山博があるらしいので、また行きたいと思った。

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