
プレマシー旅日記
13 中国地方一周作戦再び(2003/8/8〜2003/8/15)
8月8日(金沢〜福井〜敦賀〜舞鶴〜兵庫県村岡町)
4年前には当時の愛車スカイラインで九州上陸を達成し、3年前には東北縦断も成し遂げた。
しばらくは夏もおとなしくせざるを得ないことが続いたが、
ひさしぶりに夏休みを満喫するような旅をと思い、さてどこにしようかと考えてみた。
許される予算は2人で10万程度。いくらなんでも北海道は遠いし、経費を浮かすべく自走するにも、
行って帰ってくるだけで3〜4日は消える。九州も同様の理由で却下。
まだ行ったことのない四国も候補に上ったが、
橋にせよフェリーにせよ四国に渡るための費用もバカにならないということで却下された。
そこで急浮上したのが5年前の企画、中国地方一周作戦を再びというものであった。
これならさとの行ったことのない場所も含まれるし、遠出したという気分も存分に満たされる。
しかし5年前と同じ企画では芸がない。ならばということで、できるだけ多くの、
行ったことのないスポットを回ることに重点を置いた計画で出かけることにした。
出発は例によって夜間。20時頃、まだ通勤帰りのクルマが多い国道8号線を西へと向かった。
台風が接近していたこともあり、できるだけまだ早い時間帯のうちに距離を稼いでおきたいという事情があった。
順調なペースで国道8号線を走り、敦賀の通過時刻は23時頃。
しかしこのあたりから、風雨が強まり出す。台風情報を確認すると、まだ台風は遠くにいるというのに。
若狭路、国道27号線に入る頃には、前がほとんど見えないほどの雨となってきた。
停車しようにも道の駅はなく、この見通しの利かない状況で路肩に停止するのは極めて危険。
これは走り続けるしかないと覚悟を決めた。前方にほどよい速さのトラックを見つけ、
これについていくことにした。ふいに前方のトラックが大きくふらついたと思って心の準備をしていたら、
路肩には折れた木の幹が。午前3時頃、兵庫県美方郡村岡町の道の駅ハチ北に到着。
台風情報からするに、車泊中の直撃は受けないだろうということ、今後のプレの行き先は、
台風の進路にはあたらないだろうということから、ここで車泊とすることにした。
この日走った主な道
- 国道8号線(金沢〜福井〜福井県敦賀市)
- 国道27号線(敦賀〜京都府舞鶴市)
- 国道175号線(舞鶴)
- 国道178号線(舞鶴〜宮津市)
- 府道2号線(宮津〜兵庫県出石郡但東町)
- 国道482号線(但東町〜城崎郡日高町)
- 国道312号線(日高町〜養父郡八鹿町)
- 国道9号線(八鹿町〜美方郡村岡町)
8月9日(兵庫県村岡町〜鳥取〜米子〜松江)
寝るのは1時間程度のつもりだったのだが、目覚めれば朝7時。雨はほぼ上がり、雲は鉛色ではなく白色だった。
無事に台風をやり過ごしたというのと、これから最初の目的地境港まで相当の距離があるのとで、
さてどうするかという気分になった。とりあえずは顔を洗って、車内も片づけて、出発の準備をする。
鳥取市内で朝食を取る。当初の予定では境港市で水木しげる記念館や水木しげるロードなどを観光、
月山富田城跡を見て、時間が余れば出雲大社や日御碕灯台まで足を伸ばす予定だった。
しかしこの調子では境港到着は昼頃。とても出雲大社や日御碕灯台までは無理という状況だった。
とりあえず国道9号線を、ひたすらに西へと向かうことにした。
もちろん国道9号線沿いの道の駅(というかスタンプ)もはずさない。
このとき幸運な(?)ことに、地図にない道の駅はわいを発見した。
立ち寄ってみると真新しい道路に真新しい建物。
何とこの駅、この日の12時からオープン記念式典が開かれるらしく、来賓用に駐車場を確保しており、
プレを停めることはできなかった。道の駅がオープンするという記念すべき瞬間に立ち会うチャンスではあったが、
駐車枠のないところに停めることが難しいほどの厳戒態勢。
国道9号線沿いに次々現れる道の駅を制覇しつつ、お目当ての境港市に到着した頃には12時を過ぎていた。
境港市といえば、これでしょう!
「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる、水木しげる氏の出身地境港へ向かう列車は、
車体に鬼太郎のキャラクターが描かれている。ちょうど列車が入線してきたため、カメラに収める。
境港駅前から水木しげる記念館までの目抜き通りは「水木しげるロード」と呼ばれており、
随所に鬼太郎キャラクターのブロンズ像が現れる。おみやげ物屋には鬼太郎グッズが所狭しと並び、
オーダーメイドで妖怪缶詰を作ることができる店もある。
妖怪神社もあるので、なかなか叶わない願いを妖怪に頼んでみるのもよいかも・・・?
水木しげる記念館では、幼少期からの足跡を辿ることができる。
売れない貸本作家だった頃のことは、意外と知られていないのではないだろうか。
館内では多くの作品を、自由に閲覧することもできるので、マニアには1日がかりで楽しむこともできるだろう。
境港市を発つ。しかしこの段階ですでに夕方近く。
松江に向かい早めのチェックインといくか、それとも米子市から安来市を通り、
月山富田城を目指すか悩んだが、せっかくだからということで城跡を目指すことにした。
この月山富田城、古くから尼子氏の居城として栄えたところで、
最盛期経久の時代には中国地方に11か国を領有していたとか。
周辺の案内板などによると、山道を登っていくと遺構が見られるらしかったが、時間的に厳しいこともあって道の駅スタンプを手に入れるだけで断念。
松江駅にほど近いグリーンホテル松江にチェックインしたのが、18時過ぎだった。
今回の宿は夕飯をつけなかったので、松江の町へと出ることにした。
とは言ってもそんなに旅費に余裕があるわけではなく、
予算は夕飯なのに2人で3000円程度。
狙いを付けた店を探して歩き回り、見つからないので近くのサティの本屋でも立ち読みすることで情報を収集するも到達不煤B
しばらく諦めきれなかったのだが、サティの敷地に隣接する「満月や」に行くことにした。
店頭の看板を見る限り、お食事メニューも充実してるし、これなら安くおいしく食べられそう。
ところが表で見たお食事メニューは昼のみ。夜は居酒屋系の店に変貌するらしい。
確かに安く気軽に飲み食いできそうだが、飲んでしまうと予算オーバーは間違いない。
釜飯とおかず2品ほどで軽く済ませ、3000円以内に収めて脱出するつもりでいたのだが、
おもむろに全グループ参加のじゃんけん大会が始まった!
優勝者にはなんと、これまでの飲食代金がタダという豪華景品が。
2位だと店を出るまでの全ての飲食代が2割引+隣の松江サティ商品券が5000円分。
3位だと店を出るまでの全ての飲食代が5割引という大盤振る舞い。
個人ではなくて、勝者の所属するグループ全員に、この恩恵がもたらされるというのだからすさまじい。
う〜ん、個人的にはこういうのに期待はしないが、勝てるのであれば2位か3位がうれしい。
と思ったら並み居るライバル達がてつりん黄金の右腕の前に次々と敗退していくではないか。
そして残るは3人のみ。ここで勝つのはメリット薄だからイヤだなぁ・・・と思っていたらいきなり敗退。
3位が確定。ここから2倍飲み食いしても、支払いは同じだというんだからもう遠慮はいらない。
酒を飲むはつまみを頼むは、最後にはデザートまで付けておなか大満足。
いい感じでほろ酔い気分になって、これで支払いは当初予定通りの3000円ほど。
結構頻繁にこのようなイベントが開催されているとのこと。ごちそうさまでした♪
この日走った主な道
- 国道9号線(兵庫県美方郡村岡町〜鳥取県米子市)
- 国道431号線(米子〜境港市)
- 国道9号線(米子〜島根県安来市)
- 県道45号線(安来〜萩`郡広瀬町)
- 国道432号線(広瀬町〜松江市)
8月10日(松江〜出雲〜島根県吉田村〜大田市〜島根県那賀郡金城町)
当初予定ではこの日も予定満載。まず中国山地の山あいの村、吉田村を訪ねる。
ここは日本古来の製鉄法、たたら製鉄を今に伝える施設が多く残っているらしい。
そして大田市郊外にある石見銀山へ。近いうちに世界遺産になるとのこと。
一度行ったことはあるのだが、その時はあまり時間がとれなかっただけに、
世界遺産になって人が押し寄せる前にしっかりと見ておきたかった。
ところが、前日省略されたはずの日御碕灯台、出雲大社がさとの強い希望により復活。
出雲大社は何度行っても、神々がおわすかのような荘厳な雰囲気を感じる場所。
2回目だろうが3回目だろうが、さとにとってははずせないらしい。
さらには日本で最も高い、石造りの灯台である日御碕灯台。
日本海の眺めがすばらしいと聞けば、行きたくもなるのは当然のことかも。
というわけで宍道湖を左手に見ながら、出雲大社と日御碕灯台を目指すことにした。
まずは出雲大社を見て、次は5年ぶりの日御碕灯台。
この日は旅行期間中最も天候に恵まれた日で、日本海は青く、灯台は白く輝いていた。
さらには灯台までの道のりの、やや日本国内離れしているかのような熱い呼び込みも健在。
これほどまでに沿道の土産物屋や飲食店が、客引きに精を出す光景はちょっと珍しい。
以前来たときはひとりだったこともあり、プレッシャーに耐えきれずそそくさと立ち去ったものだった。
しかし今では人生経験もそれなりに積んで余裕があるのか、客引きをあしらうまでは行かなくても、
受け流すくらいの余裕はあるかも。灯台内の長い石段を登って、疲れた体を土産物屋のソフトクリームで癒す。
梨と巨峰味のソフトクリームは、どちらもなかなかの逸品。
大正時代の面影を残すJR大社駅に立ち寄った。JR大社線はずいぶん前に廃線になったが、駅舎はまだ残っているのだ。
ホームも、駅構内の線路も残ってはいるが、その先は道路になっている。
国道9号線へ出て、県道26号線、国道54号線と通って、中国山地の山あいへと入っていった。
飯石郡掛合町の道の駅、掛合の里で昼食を取ることにした。
なんでもこの道の駅は、全国で初めて設置されたものであるとのこと。
ここで奥出雲のそばと、島根和牛の焼肉定食を食べたが、さすが道の駅へ移設のレストラン。
3000円で軽くおつりが来るのだからあなどれない。
同様のものを観光地のレストランで食べたら、間違いなくもっとかかるだろう。
今回の旅の重要目的地に挙げていたのが、飯石郡吉田村。
かつて中国山地全域で豊富な森林資源を活かした、たたら製鉄と呼ばれる鉄づくりが行われていた。
森からの木炭と、鉄分を多く含んだ土から取りだした砂鉄が豊富な中国山地は、製鉄にうってつけの場所だったらしい。
そんな製鉄の歴史を見て回ろうと鉄の森科学館、鉄の博物館、そして唯一現存する菅谷たたらの3か所が予定に入っていた。
鉄の森科学館は砂鉄と木炭を利用した日本の製鉄と、イギリスの製鉄の比較といった感じの展示。
ただ日本の場合、高温多湿の気候が伐採された森林を復活させ、
また同じ場所に戻ってくる頃には森が再生していたのだが、
イギリスの場合は森が再生せずに森林資源が枯渇し、製鉄業そのものが暗い見通しで語られていたらしい。
そのような事情から、石炭を蒸し焼きにしたコークス製鉄法が開発されるというところにつながっていくらしい。
続いて菅谷たたら。まずは昭和40年代だったかに1度だけ復活した、
たたら製鉄の模様を収録したビデオを見る。そして施設長自らが菅谷たたらの様子を案内する。
施設長の説明によると、吉田村のたたらのイメージは宮崎駿監督の「もののけ姫」に活かされたとのこと。
実際に宮崎駿が見に来たらしいが、それ以外にもこの施設長の説明が詳しい!
観光地化されちゃったところでは、施設長自らが来る人来る人に説明なんてあり得ないだろう。
「・・・これで簡単ではありますが(実際には簡単どころか、ものすごく詳しい)、菅谷たたらの説明を終わります。
続いてこちらの建物をご覧ください。」といった感じで、軽く1時間はしゃべっていた。
しかし施設長自らが説明しているというのに、この場を離れるのはなんだか失礼。
最後の鉄の森博物館までは入館の時間が迫っていたので、吉田村内の山道の下り坂を言えないような速さで走る。
しかもちょっと道に迷いながら。間違いなく入館時間を5分くらい過ぎていたはずなのに、
何事もなかったかのように入れてくれた関係者に感謝。
しかし鉄の森博物館を出る頃には17時になっていた。きょうの宿泊先、美又温泉までは少なくとも1時間半はかかるだろう。
国道9号線に戻るのも面倒だし、渋滞にはまってもまずいので、
中国山地を西へと向かうことにした。鉄の森博物館のスタッフに聞いても、
国道9号線に出るのは得策ではないとのことだった。
国道54号線から県道40号線に入り、三瓶山に向かって登っていく。
この方向にはもうすぐ世界遺産に登録されるといわれている石見銀山があるが、
それどころではなく先を急いでいた。出雲の土地が狭いからと、
古代の神々が箔oや朝鮮半島などから土地を切り取って引っ張ってきた際に、
海へと流れていかないようにつなぎ止める杭にしたといわれている三瓶山だが、
この時はそんなことを考える余裕もなかった。江の川と三江線をなぞるように西へ向かう。
途中1.5車線ほどの山道が連続し、その先には地図に見あたらない分かれ道があって、
どっちに行ってよいかわからず立ち往生するなど困難を極めた道のりだった。
しかし道路地図に載っている大まかな等高線を頼りに曲がる方向を決めるなど、
全国各地の下道を走ってきた野生のカンを駆使してなんとか目的地の美又温泉、温泉保養センターに到着。
でも、料理はすでに冷めていた(涙)。
この日走った主な道
- 国道431号線(松江〜簸川郡大社町〜出雲市)
- 県道29号線(簸川郡大社町)
- 国道9号線(出雲市)
- 県道26号線(出雲〜飯石郡三刀屋町)
- 国道54号線(三刀屋町〜飯石郡掛合町)
- 県道38号線(掛合〜飯石郡吉田村)
- 県道40号線(掛合〜邑智郡川本町)
- 国道261号線(川本〜邑智郡桜江町)
- 県道41号線(桜江〜那賀郡金城町)
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